2008年12月16日

人種的憎悪が動機で19人を殺害、少年グループに実刑判決 ロシア



【12月16日 AFP】ロシアの裁判所は15日、2006年8月から07年10月にかけてモスクワ(Moscow)などで「スラブ人らしくない」外見の人を襲い19人を殺害、その模様を録画した映像をインターネットに投稿していた10代の少年グループ7人に最高で禁固20年の実刑判決を下した。

 この事件は、ソ連崩壊後のロシアで、人種差別的暴力の問題が増加していることを裏付けた。

 グループのリーダー格とされるArtur Ryno、Pavel Skachevsky両被告に対しては、犯行当時未成年だったため、最高刑となる禁固10年の実刑判決が下された。

 20年の実刑判決を受けたのは1988年生まれのRoman Kuzin被告。残りの4人は禁固6-12年の実刑判決を受けた。これに先立ち2人が無罪となっている。(c)AFP/Olga Rotenburg


 この子達、スラブ人なのかもしれませんね。

 アメリカに汚染された日本人が「スラブ」を聞くと、いいイメージは持たないでしょう。

 スラブといえば白人が大好きな「奴隷」という意味で使われる事が多いですよね。

〜カンタン豆知識〜

 歴史

 古代にはゲルマン人に次ぐ民族大移動の一部をなして東部ウクライナから東部ヨーロッパ全域に拡張した。スラヴ全体に関する様々な学問をスラヴ学と言う。
 なおスラヴ人は他のヨーロッパと同様に、戦争の捕虜は奴隷とされたため、英語で”スレイヴ”(奴隷)と言う不名誉なレッテルで語られることも多いが、しかし本来のスラヴ語の「スラヴ」の意味は、偉大さ栄光を意味するもの(スラブ語: славаスラーヴァ)であり、スラヴ人は奴隷という先入観も、西欧人の誤解や蔑称から来ているのである。

 これは、「スラヴ」がギリシア語に入ったときに「奴隷」の意味となり(他の民族もそうであるが、スラヴ人も戦争などで捕らえられると奴隷として扱われたためであろう。この時期、捕虜はどの国でも奴隷であり、戦利品に過ぎなかった)、ギリシアの文化を受け継いだローマ帝国のラテン語から西欧諸言語に広まったと考えられる。
 現在もスラブ人の名前にアレクサンドル(アレクサンダー)とかロマン(ローマ人の)といったものがあり、東ローマ帝国とキエフ・ルーシ(現在のウクライナ)との戦争における奴隷のなごりではとも考えられる。


 
posted by 大翔 at 10:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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