2009年04月27日

あっかるい人達に出会いながらアースマラソンは続く



 いいですね。いいですね。

 出会いは旅の醍醐味ですよね〜♪

 寛平さん、がんばれ〜〜〜!


10号を走っていますね。この道に鉄道が走っていたのでしょう
寛平さんが立ち寄った、"UP TOPの街"
この街の歴史資料を彼女達に頂いたので、
翻訳してご紹介します。


UP TOPの歴史

1877年、コロラドが州として認められてから一年後、
鉄道は合衆国一の高所に存在する鉄道として運転が開始された。
当初、荷物の運搬用に建設されたものの、
開通と同時に人々の間で話題になり、観光客が集まる様になった。

その観光ブームが続いたのも、1877年から1899年の22年間の間だけだった。
当時、レイルの幅は4フィート8インチのものがスタンダードとなっており、
3フィートを使用したこの鉄道は財政的にこれ以上幅を広げることが難しく、
あえなく閉鎖の道をたどった。

鉄道がなくなったその後、この一帯は木こりと鉱山で発展していた。
当時、スペインから土地の所有を許されていたトゥルージロ一家は地域に3つの製材所を所有し、
当地に教会、学校、家屋を約100人の移住者のために、1920、30年代に作った。

だが、1930年から40年代に鉱石の発掘が終了すると同時に、
トゥルージロの木材ビジネスも幕を閉じた。
そのうち、自動車の時代が到来し、旅行者が地域に集まる様になった。
それを狙い、トゥルージロは旅行者のためのレストラン、バー、ダンスホールなどを町に建設。

1962年、町の北側にフリーウェイが建設され、以降、町を通る旅行者の数が激減。
収入源を失い、町は活気を失っていく。

現在、町は昔の栄光を紹介するための美術館、歴史村の建設を望んでいる。
posted by 大翔 at 17:56 | 青森 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | アースマラソン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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