表彰台に立つ平岡の姿を見て、雅子さんは泣きながら手を振った。「満足している」というように。平岡の顔も笑っていた。
平岡が通った近畿大付属福山高校(広島県)の同級生で同高の職員、永井宏典さん(27)は今年6月、壮行会で会った平岡の姿と高校生時代のギャップに驚いた。当時の平岡は「穏やかで優しい人柄だった」という。その平岡が壮行会で北京での1回戦敗退をあえて口にし、「雪辱を果たす。集大成だ」と語った。
悲壮感が漂っていた。永井さんは「おとなしい平岡とまったく違った。『こいつはメダルを取ってくる』と感じた」と、ロンドンでの活躍を確信したという。
北京から3カ月後の平成20年11月、雅子さんに乳がんが見つかる。1週間後、「痛みで背負い投げに入れない」と話す平岡の右脇腹にも骨肉腫が発見された。
母はがんを隠した。平岡の骨肉腫は良性だったが、「身内にがんになった人おらんかったか」と電話で尋ねられた雅子さんは、涙とおえつをこらえた。
日本にとって柔道は「お家芸」だ。敗戦に批判的な声は少なくなかった。平岡は精神的にまいっていた。
雅子さんは意を決してがんを打ち明けた。「お母さんの方がひどいね」。黙って聞いていた平岡は静かに、それでもきっぱりと、「自分には柔道しかない。だから、次のロンドンまで頑張る」と口にした。
東日本大震災について、ブログに思いをつづったこともある。宮城県は初めて参加した国体の開催地だ。
《皆さんに支えられて柔道を続けてこられたのに、いざという時力になれず申し訳ない気持ちです。畳に上がれることへの感謝の心を胸に一日一日を大切に歩んでいきます》
こんな思いで、練習に励んだ。今年5月の全日本選抜体重別選手権の直前、雅子さんは「体調管理や減量のため食事の手伝いをしてほしい」と頼まれた。
調味料までカロリー計算して平岡を支える妻の真汐(ましお)さん(27)を前に、「出番ではない」と思ったが、「親をそばにおいて安心させたいという気持ちがあったのかもしれない」と応じた。広島市内の実家から、茨城県つくば市まで出向いた。手料理で平岡を送り出した母は、ロンドンの地で堂々と戦ったわが子の姿に胸を熱くした。
「北京で負けて、罵倒もされたが、応援してくれる人もいて、五輪の畳の上で試合ができた」と、感謝を口にした平岡。エクセルのスタンドからは温かく、惜しみない拍手が送られた。
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