2013年07月11日

性善説の実験(赤ちゃん)/京都大、豊橋技術科学大

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 性善説を実験で証明しようとするチームの実験ですので、当然曖昧な部分は性善説よりに発表されるわけですよね。
 しかし、今回の実験の価値は生後十ヶ月という点だと思う。本当は生まれたての赤ちゃんや胎児と会話が出来れば一番いいのだが、そうはいかないですよね。言葉をまだ話せない赤ちゃんとコミュニケーションがとれる、ギリギリの実験が今回の方法だったと思います。

実験方法
 赤ちゃんにモニターを見せます。モニターには黄色い立方体青い球体が映し出されていて、次にこの二つの物体が動き出します。黄色い立方体は青い球体から逃げるような動きをし、青い球体は黄色い立方体を追いかけるように動き、時々ぶつかったり、最後は黄色の立方体を押しつぶします。
 モニターを充分見せた後に、スポンジ状の黄色い立方体と青い球体のおもじゃを赤ちゃんの前においた時、赤ちゃんがどちらを選ぶかというもの。

 結果は80%が黄色い立方体を選び、20%が青い球体を選択した(サンプル20人)。

 この結果に対する理由として、研究チームは「ここでの犠牲者に対する選択的反応は、動物行動学における理論的な背景により、苦境にある他者に対する同情的態度と解釈されます。」という。
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news6/2013/130613_1.htm

 はて? サボテンの実験と同じだろうか?
 私は黄色い立方体を選んだ80%の中に、自分が青に成っちゃった赤ちゃんもいるのではないかと思っております。
 
実験2
 さて、実験はさらに続き、黄色い立方体、青い球体、この二つに赤い円柱が加わります。
あか.jpg
 この赤い円柱の存在を実験チームは「中立」と呼んでいるが、私が見る限り中立ではなく「自分に火の粉が掛からなければそれでいい」という生き方であり、とても中立には見えませんね。
 このような認識の違いはあるものの、どちらにも関わらない中立として、実験結果を見てみましょう。
 この実験で赤ちゃんが選んだものは、黄色い立方体(犠牲者)と赤い円柱(中立物体)を対にして提示した際には、乳児はより多く黄色い立方体(犠牲者)を選択した。
 次に青い球体(攻撃者)と赤い円柱(中立物体)を対にして提示した際には、乳児はより多く赤い円柱(中立物体)を選択しました。
 この結果から、実験1の結果は、単に乳児が攻撃者を怖がったことによるものではなく、犠牲者である幾何学図形(黄色い立方体)に対して選択的に反応していることがわかりました。
 色を変えてもほぼ同じ結果だったという報道も有り、もしそれが本当なら人間が初めて反応する赤色には左右されていない事に成りますね。

 同じ実験を二十歳の青年で実験すると、結果は逆転し、多くは青い球体を選択するそうです。
 理由を聞くと「強い方がいい」という。
 また、道徳教育が進んでいると言われる国(スウェーデンなど)では、赤ちゃんと成人の結果が同じらしい。

 日本は、いつ教育に目覚めるのだろうか。

 性善説の証明ではないが、かつて(35年くらい前)こんな話を読んだ事が有ります。
 催眠術で記憶を遡ると、胎児の記憶までさかのぼり、その前の記憶も有るという。
 つまり前世ですな。
 記憶によると実験したのは日本人でもアジア人でもなく、西洋チームだったと思います。
 この実験結果によると「人は誰でもその親のもとに生まれる事を望んでいる」というものでした。
 危険な催眠術なのでサンプル数は少なかったと記憶しています。
 これを読んだ時、親に向って「産んでくれと頼んだ覚えはない」という台詞はないんだな〜と思いました。
 意識出来ないだけですよね。

 同じくこのころ読んだ本の中に「赤ちゃんは出生児の記憶をもっている」事を知り、実験してみました。
 友人の赤ちゃんが、そこそこ言葉を使い始めた頃「○○ちゃん、生まれたときどうだった?」を聞いてみたところ、○○ちゃんは「お腹の中でじっとしてたら、だっこされて外に出て来た」といいました。
 そうです。この子は帝王切開なのです。ところが、その後は覚えてないというようになります。
 記憶を失ったというよりは、潜在意識に貯蔵され、意識出来ない状態にあるというのが正確ではないだろうか。
 その後自分の娘にも聞いてみましたが、二人とも私がそばにいた事を話しました。
 そうです。立ち会い出産です。おなじくその記憶は潜在意識の奥底へ沈んでしまったようです。

 因に性善説は孟子が有名ですが、孔子の忠信説を発展させたものとされ、いわゆる儒教の範囲。
 キリスト教ではどうでしょう?
 罪をおかしたアダムとイブも、元は神様が作ったということですから、性善説も性悪説も成り立たないですね。
 仏教はどうでしょう?
 お縋り信仰は別にして、そもそも人の心の一番奥には仏があると説くわけですから、ちょっと面白いですね。 天台は九意、法相宗では八識、倶舎宗では六識だそうだが、天台の九識心王を説明すると次のようになる。
 
☆五識の働き・・・(眼識・耳識・鼻識・舌識・身識)人間の五官の働き。
☆第六識の意識・・[ いわゆる普段私たちが言っている意識 ]
----------------------------------------------------
☆第七識の未那識(マナ識)[ ここから下が普段私たちが言っている潜在意識 ]
☆第八識の阿騾頼耶識(アラヤ識)[ 前世、今世、来世へと繋がる意識で善悪の判断をしない ]
☆第九識の阿摩羅識(根本常識)[ 無限大の宇宙と直結している仏の生命 ]

 性善説がこの事をいっているのなら、孔子、孟子は正しいことになるが、ここまで洞察していたかはさだかでない。
 九識論は天台がたてた(という事にしておくが)論理で、日本には比叡山を開いた伝教が伝え、そこで修行していた日蓮へと伝わって行く。
 wikipedia によると、日蓮は日向記で「究竟即(くきょうそく)とは九識本覚の異名なり、九識本法の都とは法華の行者の住所なり」、「此の九識法性とは、如何なる所の法界を指すや。法界とは十界なり。十界即諸法なり、此の諸法の当体、本有の妙法蓮華経なり。此の重に迷う衆生のために一仏現じて分別説三するは、九識本法の都を立出するなり。さて終に本の九識に引入する。それを法華経とは云うなり」、また日女御前返事でも「此の御本尊全く余所(よそ)に求むる事なかれ。只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱なうる胸中の肉団におはしますなり。是を九識心王真如の都とは申すなり」と述べている。

 確かに、国籍も性別も人種も貯金残高も超えられれば、戦争は無くなるんですけどね。
posted by 大翔 at 11:38 | 青森 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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