2016年07月26日

植松聖容疑者  なぜ防げなかったのでしょう

 植松聖容疑者が通っていた学校について、公式な発表はありませんが、神奈川県立津久井高校を卒業して東京都板橋区の帝京大学に進学した可能性があるとみられています。

 植松聖容疑者のFacebookでは、帝京大の友人が大勢おり、大学生活や友人らとの関係性は比較的良好であることが伺えました。

 しかし20代前半のいつからか不良仲間とみられる交友関係を持つようになり、上半身に大きな和彫りの刺青を入れているほか、下半身にも刺青を入れており、髪を金髪に染めるなど、見た目がどんどん派手になっていったということです。

 小学校の教員を目指していた植松聖容疑者でしたが、刺青が原因でその道には進むことができず、大学卒業後は民間企業の運送業など職を転々としていたとみられています。

2012頃、両親(教員らしい)が自宅を出る。
2012/12/1、植松聖容疑者が津久井やまゆり園の非常勤職員になる。
2013/4/1、仕事が認められ、常勤職員になる。

2016年
2月14日午後3時頃、衆院議長公邸をいきなり1人で訪れ、警備の警察官に衆院議長宛ての手紙を渡そうとしたが、断られた。
翌15日も再び1人で訪れ、手紙を預けたという。

 手紙には、障害者が「安楽死できる世界を」などと記されていたほか、津久井やまゆり園を名指しし、「障害者470人を抹殺する」とも書かれていたという。

2月18日、勤務中に「津久井やまゆり園」の職員に対して「重度の障害者は生きていてもしかたない。安楽死させたほうがいい」などと話したことから、施設は、障害者を殺す意向があると判断し、19日に警察に通報しました。

20日には入院先の病院で植松容疑者の尿から大麻の陽性反応が出たということで、22日に別の2人の医師が再度診断したところ、「大麻精神病」や「妄想性障害」などと診断され、入院を継続させたということです。

 そして市は、入院から12日後の3月2日に、植松容疑者に症状がなくなったことや、容疑者本人から反省のことばが聞かれたことなどから、医師が「他人を傷つけるおそれがなくなった」と診断して退院させたということで、病院が市に提出した資料には「退院後は家族と同居する」と書かれていたということです。

2016/6頃 髪の毛を金髪にする
2016/7/26未明、施設に侵入して45人を殺傷
AM2:40頃、施設から「大変なことが起きた」と110番通報
AM2:50頃、植松聖容疑者がTwitterに自撮り写真を投稿
AM3:00頃、警察署に自ら出頭。その後殺人未遂容疑と建造物侵入の容疑で緊急逮捕

 この内容は衆院議長公邸に出した手紙のまんまですよね。

なぜ防げなかったのでしょうね〜。
医師は状況をしっていただろうか?
どんな教育を受けたのでしょうね。


「470人抹殺」容疑者の手紙 衆院議長公邸前で…(2016/07/26 17:20)
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000079998.html
posted by 大翔 at 20:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 国内問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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