2014年04月06日

復活へ…三陸鉄道南リアス線が3年ぶりに全線開通(04/05 17:37)


 一歩前進ですね。
 他の鉄路も復活して欲しいですが、街の形が決まらないとか、大きな人口減などが問題になっており、まだまだ時間がかかりそうです。


 東日本大震災から3年1カ月。震災で大きな被害を受けた三陸鉄道南リアス線の全線で運転が再開されました。岩手県の釜石市と大船渡市を結ぶ南リアス線。6日には、久慈−宮古間を結ぶ北リアス線も全線で運転が再開される見込みです。復興のシンボルとして住民が待ち望んだ全線再開、さらなる復興に向けて再出発です。


posted by 大翔 at 18:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11大地震 怪獣ゴヅラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月29日

東電が殺したんでしょう?


 嘘と隠ぺいの東電が、また他人事ですか?

【3月28日 AFP】東京電力(TEPCO)は28日、福島第1原子力発電所の施設で穴を掘る作業をしていた50代の男性作業員が土砂などの下敷きになり、病院に搬送されたが、死亡したと発表した。

東京電力によると、事故が起きたのは28日午後。男性は、コンクリート構造の建物の端を掘削し、建物基礎の下部を点検していたという。その際に大きなコンクリートの塊が土砂とともに崩れたという。

男性は福島第1原発近くの病院に搬送されたが、病院で死亡が確認された。

男性は、福島第1原発の安定化作業に携わっている数多くの下請け会社の1つに雇用されていた。(c)AFP
タグ:東電
posted by 大翔 at 06:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11大地震 怪獣ゴヅラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月24日

津波に流された園児、仙台地裁町の責任認めず。請求棄却


 面倒くさいから棄却しただけ?

 東日本大震災の津波で亡くなった、宮城県山元町立の東保育所の園児2人の遺族らが、山元町に計8800万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁(山田真紀裁判長)は24日、町の責任を認めず、原告の請求を棄却した。

 東保育所は沿岸から1・5キロ内陸にあり、地震発生から1時間以上たった2011年3月11日午後4時時点で、13人の園児がいた。津波に気づいた保育士らが車に乗せて逃げようとしたが、2歳男児と6歳男児、6歳女児が死亡した。

 原告側町の災害対策本部がラジオも聴かず、情報収集を怠ったと主張。10メートルの津波が来る可能性を知った後も、町職員が保育所に「現状待機」と指示したため、園児が逃げ遅れたと訴えた。2010年のチリ地震津波の際は、保育所のある内陸まで避難指示を出していたとも指摘した。
posted by 大翔 at 14:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11大地震 怪獣ゴヅラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月12日

東日本大震災から3年、ダイバーになって妻を捜す男性


【3月11日 AFP】東北の3月の海はまだ凍えるように冷たい。木造のボートに乗りこんだ高松康雄(Yasuo Takamatsu)さん(57)は、うねる波に揺られながらドライスーツを着こみ、スキューバダイビングのタンクをかついだ。

今日も、冬の暗くよどんだ太平洋に潜る。津波にさらわれた妻を捜すために。

「おだやかな感じの人だった」と、高松さんは震災当時47歳だった妻、祐子(Yuko Takamatsu)さんのことを振り返る。「私にとっては本当にいつも隣にいてくれるような、もちろん物理的にも精神的にも、いつも隣にいてくれるようなそんな人だった。この存在は大きいし、失ったということも大きい」

高松さんは宮城県女川町でバスの運転手として働く。スキューバダイビングは趣味としてもやったことがなく、ダイバーとしての素質があったともいえない。潜れるようになる日がくるか心配だった。それでも海へ入らずにはいられなかった。妻の最後の言葉が忘れられないからだ。

2011年3月11日、午後3時21分。大地震が東日本を揺さぶってから約30分後、巨大な津波がものすごいスピードで女川町の沿岸に迫ってきていたとき、銀行員だった祐子さんから高松さんの携帯電話にメールが入った──「帰りたい」。

「震災のときの最後のメールがそういうのもあって。今のままではかわいそう。早く家に帰してあげたい」
posted by 大翔 at 11:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11大地震 怪獣ゴヅラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月11日

3.11【閲覧注意】この動画にはご遺体の写真が含まれています

3.11【閲覧注意】この動画にはご遺体の写真が含まれています。
 現実のほんの一部ですけどね。
 3.11を忘れないと言っても、関係ない人にとってはもう忘れてますよね。
 私は3.11から学んで欲しいのです。
 そして次につなげて欲しいというのが願いです。
 首都直下地震、南海トラフなどをこれから体験するのだとすれば、物心ともに準備が大事ですよね。
 そう思いませんか?

タグ:動画 3.11
posted by 大翔 at 19:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11大地震 怪獣ゴヅラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

被災地を見た事がない人が読むと、立派な総理大臣なんでしょうね。


 全くコントロールされていない汚染水問題をはじめ、除染後に出る汚染物は、まだ街の中のあちこちにあります。
 復興を加速するですって?
 その場しのぎの嘘はやめて欲しいですね。

 安倍晋三首相が11日、国立劇場(東京都千代田区)で開かれた「東日本大震災3周年追悼式」で述べた式辞は次の通り。


 本日ここに、天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、東日本大震災三周年追悼式を挙行するに当たり、政府を代表して、謹んで追悼の言葉を申し上げます。

 かけがえのない多くの命が失われ、東北地方を中心に未曽有の被害をもたらした東日本大震災の発生から、三年の歳月が経ちました。

 この震災により最愛のご親族を失われたご遺族の方々の深い悲しみに思いを致すとき、今なお悲痛の思いが胸に迫ってまいります。ここに改めて、衷心より哀悼の意を捧げます。また、今なお行方の分からない方々のご家族を始め、被災された全ての方々に、心からお見舞いを申し上げます。

 被災地に足を運ぶ度、営農の再開や水揚げに湧く漁港、災害公営住宅に入居されたご家族のお姿など、復興が一歩一歩に前に進んでいることを実感いたします。しかしながら、今なお、多くの方々が不自由な生活を送られています。原発事故のためにいまだ故郷(ふるさと)に戻れない方々も数多くおられます。

 復興を更に加速し、被災者の方々が一日も早く普通の生活に戻られるようにすることが、天国で私たちを見守っている犠牲者の御霊に報いる途(みち)です。同時に、大震災の試練から我々が得た貴重な教訓をしっかりと胸に刻み、将来の様々な災害から、国民の生命、身体、財産を守り抜くため、うまずたゆまず、災害に強い強靱(きょうじん)な国づくりを進めていくことをここに固くお誓いいたします。

 復旧、復興の前進も、地元の方々のご努力、関係機関の尽力はもちろんのこと、全国各地から多くの支援に支えられてのものです。この震災では、本日ここにご列席の世界各国・各地域の皆様からも、多くの、温かく、心強いご支援を頂きました。改めて、感謝の意を申し上げたいと存じます。

 我が国の先人たちは、幾多の困難を克服し、その度に、よりたくましく立ち上がってきました。今日を生きる私たちも、それに倣い、手を携えて、前を向いて歩んでいくことを改めてお誓いいたします。

 御霊の永遠に安らかならんことを改めてお祈り申し上げるとともに、ご遺族の皆様のご平安を心から祈念し、私の式辞といたします。

posted by 大翔 at 17:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11大地震 怪獣ゴヅラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

本日、ヤフーで3.11を検索すると10円寄付されます。

[3.11] ブログ村キーワード

まずはこちらをご覧あれ

Yahoo!検索には毎日、
「知りたい」「何とかしたい」
という想いのこめられた、
圧倒的な数の言葉が寄せられます。

2011年3月11日、東日本大震災の日にも、
命に関わる情報、安心につながる
情報を求める検索が多数行われました。
また、
震災後すぐに、
全国からボランティアや支援に関する情報の検索も
多数行われました。

普段、何げなく使っていただいている検索サービス。
そこで得られる情報は、
インターネット上にあるただの情報です。
しかし、人を助けたいという想いから始まる検索は、
全国からの大きな支援を
東北に届ける一助になりました。

あれから3年、わたしたちYahoo!検索サービスは、
東北を応援する想いを持った方々と一緒に、
その想いを届け、
北を応援できることはないかと考えました。

今日、Yahoo!検索で「3.11」というキーワードで
検索された方おひとりにつき10円が、
Yahoo!検索から
公益財団法人東日本大震災復興支援財団の
「一般寄附金」へ寄付されます。

Yahoo!検索は、これからも情報と想いをつなげ、
みなさまと一緒に東北を応援します。



 そして、ヤフー検索で「3.11」を検索。
 http://www.yahoo.co.jp/
posted by 大翔 at 14:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11大地震 怪獣ゴヅラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月10日

復興させているのは被災者でしょう。国ですか?ニュース番組ですか?


 東日本大震災から3年という時間が流れても、行方不明者家族の執念に変わりはない。宮城県女川町の高松康雄さんの妻は津波にのまれ、行方は分からない。冷たい海の中で、じっと迎えが来るのを待ち続けているのだろうか。「この手で見つけてやりたい」。自らを奮い立たせ、57歳で初めて本格的に海に潜る決断をした。(森本充、石井那納子)

 桃の節句を翌日に控えた2日、石巻市の狐崎(きつねざき)港。春の訪れはまだ遠く、小雨の中に雪が混じる。水温6度。ウエットスーツに身を包み、20キロを超える装備を背負い、海に飛び込んだ。

 2月に潜水士の国家試験をパスして以降、初めての沖に出ての練習。きちんと勉強してきたはずだが、なかなか沈まない。体の使い方はぎこちない。

 およそ15分後。インストラクターの指導で、ようやく潜れた。そこには、想像していたものとは少し違う世界が広がっていた。がれきのようなものは辺りには見当たらず、「穏やかな海に戻っていた」。かすかな安心感を得た。

 ただ、笑みは出てこなかった。「海の中でも着実に震災の記憶がなくなっていく」。不意に悲しみがこみ上げてきた。妻は、どこにいるのか。「もっともっと練習しなきゃ」

 7つ年下の祐子さん=当時(47)=とは、お見合い結婚だった。おとなしそうな印象とは違い、いろいろと話題づくりをしてくる人柄にひかれた。彼女に誘われ、2人でよくドライブに出かけ、映画もたくさん見た。1男1女を授かり「人並みの幸せ」を2人で味わってきた。

 あの年は、定年を迎え、新年度からバスの運転手として再就職する前の落ち着いた時間を過ごしていた。「これからは、また、のんびりドライブや旅行でも楽しもうね」。2人でそう話をしていた矢先に、東日本大震災が起きた。

 義母の病院に付き添った帰路、揺れに襲われた。祐子さんはパート先の女川湾近くの銀行の支店。高台の自宅は無事で、妻の様子を確かめようと支店に向かったが、がれきに阻まれ、断念せざるを得なかった。

 支店の目の前は山で、中腹には4階建ての病院もある。遠くからでも病院の明かりは確認でき、無事を信じて疑わなかった。だが、病院に妻の姿はなかった。避難者らに聞けば、行員らは2階建ての支店屋上にいて流されたという。希望は打ち砕かれた。

 「どうして山に逃げなかったんだ」。今でも、悔やみ続けている。

 震災前は、仕事から帰宅すると、2人で杯を交わすのが楽しみだった。娘らの近況を話し、祐子さんが好きな韓国の歴史ドラマを見て笑いあった。その日常は戻らない。「帰ってきたときが、一番、寂しさがこみ上げますね」

 周囲では、酒の力に頼る遺族の話も聞くが、「自分は負けない」と常に前を向き続けている。その理由が1台の携帯電話にある。

 ピンクの携帯。祐子さんのものだ。支店のほぼ真下から見つかった。震災1週間前に買ったばかりで、楽しそうに操作していた。唯一戻ってきた妻のもので、どうせ津波で駄目になっていると思い、墓に納めた。

 昨年3月、墓の改修で取り出し、ふと電源を入れてみた。ほとんど傷のない液晶画面に光が差した。画面をたぐると、自分宛ての届かなかった一通のメールが残っていた。

 《津波凄(すご)い》

 送信の時刻は、午後3時25分。足元まで津波が迫っていたはずだ。「不安でどうしようもなかったでしょうね」。胸が詰まり、絶対に見つけてあげたいという思いを強くした。それから、およそ1年。潜水士の国家資格を得て、捜索への第一歩を踏み出した。

 携帯電話には、届かなかったメールの直前に、祐子さんが送った、もう一通の記録もある。

 《大丈夫?帰りたい》

 その画面を見つめた目が和らいだ。「きっと帰してあげるよ」
posted by 大翔 at 23:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11大地震 怪獣ゴヅラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月09日

大川小の悲劇の検証で、第三者検証委員会は結局、遺族の「なぜ」に踏み込むことはできなかった。


 約1年間にわたった大川小の悲劇の検証で、第三者検証委員会は結局、遺族の「なぜ」に踏み込むことはできなかった。真相究明を強く望む遺族にとって、検証委は「なぜ、大川小でこんな悲劇が」という疑問と、「どうすれば助けられたのか」という教訓を導く最後のとりでのはずだった。しかし、事実を積み上げる科学的な手法による検証では、遺族の思いに応えることはできなかった。

 「分からないものは、これ以上分からないと結論づけたものです」。室崎益輝委員長は、調査が不十分だと主張する遺族の質問に苦渋の表情を浮かべた。

 子供たちが校庭にとどまっていた「空白の50分間」。遺族が知りたいのは、「この間、教職員がどのように行動し、どのような判断をしたのか」だ。「山さ、逃げよう」といった子供がいたことなどが、遺族らの独自調査で分かっている。検証委は、その調査にも答えていない。

 検証委は、決定に関わった10人の教職員全員が亡くなったことから、50分間の状況は「明らかにできない」と判断した。科学的な検証である以上、あいまいなことを事実認定することはできないからだ。

 昨年2月に始まり、9回に及んだ検証委。確証ある事実だけを積み上げていく科学的な議論に、遺族はいらだちを募らせるばかりだった。

 検証委は今後、遺族からの要望で聞き取り調査などを継続するというが、遺族に寄り添う本当の最終報告書は完成するのだろうか。


全体状況 ◇校内の対応等
14:46 地震発生(揺れの継続は約3分)
14:49 津波警報(大津波)発表、予想津波高6m

◇児童・教職員、校庭へ二次避難
14:52 防災行政無線による広報(津波警報発令)

◇15 時少し前 教職員が残留児童の確認を終え、残留者なしを報告

◇教職員A「山へ行くか」→「この状況では難しいのでは」のやりとり

◇保護者への児童引渡し開始

◇教職員が体育館を確認、住民に「使えない」と伝え、教頭らに報告

◇教職員、この間、校長や市教育委員会に断続的に電話をかけるがつながらず

◇教職員が避難所特設電話の設置を試みるために体育館へ
15:10〜15:15 頃 河北消防署の消防車が広報しつつ釜谷地区内を長面方面へ

◇15:10〜15:15 頃 バス運転士無線交信「学校の判断が得られない」
15:14 津波警報(大津波)予想津波高 10mに変更(ただし報道はテレビのみ)

◇教職員ら、児童の服等を持ち出すため校舎内へ

◇15:20 頃 教職員C、引渡し担当を外れる(かまどと薪の運搬へ)
15:21 予想津波高 10mをFMラジオが放送

◇15:23 頃 支所職員C・Dが学校へ立ち寄り
支所職員・Bが谷地中付近で長面の松林を越える津波を目撃してUターン

◇15:24 頃 支所職員C・Dが学校を出る

◇スクールバスがバックで校地内に入る

◇教職員山に逃げますか」と尋ね、返答・指示がないため校舎2階を確認に行く
15:25〜15:30 頃 河北総合支所の公用車が長面方面から新北上大橋方面へ戻りつつ広報
児童引き取り保護者らが新北上大橋を通行、橋の下に白波、下流部に高い波を目撃
新町裏付近の富士川堤防から津波越流
15:32 予想津波高 10mをAMラジオが放送
間垣堤防で津波越流
新北上大橋下流部付近から津波越流

◇15:33〜34 頃 三角地帯への移動を決定、教職員K以外の児童・教職員が避難開始

◇教頭、「津波が来ています、急いで」

◇教職員、校庭に戻り、避難の列を小走りで追う
大橋付近の越流が三角地帯を覆う
15:37 頃 陸上遡上津波が大川小学校に到達
※時刻についてはおおむね推定可能であったもののみを記載。また記載順は、原則として時間的な前後
関係を示しているが、必ずしもすべての順序が明確ではないことから、一部は前後していた可能性が
ある。

http://www.e-riss.co.jp/oic/_src/sc525/91E590EC8FAC8Aw8DZ8E968CCC8C9F8FD895F18D908F91.pdf

 大川小の悲劇の検証で、第三者検証委員会は結局、遺族の「なぜ」に踏み込むことはできなかった。
 TV報道によれば、この教職員さんは大川小学校に赴任して、まだ2年だったようです。だからかどうかは分かりませんが、山に逃げるという意見は聞き入れられなかった。
 また教職員さんは、以前も海辺の学校にいて、津波避難訓練をしていたというのである。
 私は100%人災だと思うのだが、国は勿論、県も市も放ったらかしにしているのだ。

 地震発生当時、在籍する児童108名のうち103名、教職員13名のうち11名が在校(下校のため学校付近にいた者を含む)しており、地震の揺れを受けて、校庭への二次避難2)を行った。その後、保護者等への引渡し等により下校した児童27名を除く児童76名、教職員11名が津波に遭遇し、うち5名(児童4名、教職員1名)が助かったものの、残る多くの児童・教職員が被災した。
在籍数 児童108人 教職員13人
死者数 児童 69人 教職員10人
行方不明児童  3人 教職員 0人
  計    72人    10人
タグ:大川小
posted by 大翔 at 19:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11大地震 怪獣ゴヅラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

震災から3年…復興への誓い 陸前高田市で追悼式


 東日本大震災からまもなく3年です。岩手県で最も大きな被害を受けた陸前高田市では追悼式典が開かれ、犠牲者の死を悼むとともに復興への誓いを新たにしていました。

 陸前高田市・戸羽太市長:「心の復興こそが真の復興だと強く思う」
 会場の陸前高田市立高田小学校には、遺族や行政関係者らが参列しました。陸前高田市では震災で1599人が死亡、今も215人が行方不明のままです。
 参列者:「考えると泣きたくなる。大事な娘を亡くしたから」「私の友人は家族5人亡くなった」
 参列者は慰霊碑に花を手向け、犠牲者の死を悼むとともに復興への誓いを新たにしていました。
posted by 大翔 at 12:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 3.11大地震 怪獣ゴヅラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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